プラセンタの歴史散歩!日本における美容文化の発展
はじめに
美容と健康への意識が高まる現代において、「プラセンタ」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし、プラセンタは決して最近登場した成分ではありません。古代から世界中で"薬"として活用され、その歴史は紀元前にさかのぼります。今回は、プラセンタが日本の美容文化にどのような足跡を残してきたのか、歴史を辿りながらご紹介していきます。

古代からの知恵「プラセンタとは何か」
プラセンタとは「胎盤」のことです。胎盤は、妊娠期に形成される臓器で、妊娠中に母体から赤ちゃんに酸素や栄養素を届け、赤ちゃんの生命を守る大切な役割を果たしています。実際に胎盤には10数種類のアミノ酸や多種のビタミン、ミネラル、酵素をはじめ、栄養成分や成長因子が豊富に含まれています。
記録に残っている中で一番古いものが、紀元前古代ギリシア。あの「医学の父」と呼ばれているヒポクラテスが治療に使ったことが、プラセンタを治療に使った始まりではないかと言われています。また、中国では漢方の生薬"紫河車(しかしゃ)"として知られ、古代中国の始皇帝や、古代エジプトの女王・クレオパトラ、マリー・アントワネットも若さを保つためにプラセンタを活用していたといわれています。

江戸時代:日本における美容文化の基盤
日本でも、プラセンタの歴史は古くまで遡ります。江戸時代、プラセンタは加賀の三大秘薬の一つである"混元丹(こんげんたん)"に含有されていたといわれ、藩士たちが加賀藩からこの混元丹を受け取り、ここ一番でパワーを発揮し、みごと困難を乗り切ったとのことがあります。
この江戸時代は、日本の美容文化が大きく発展した時期でもありました。庶民が化粧に親しむようになったのは、江戸時代のことです。経済の発展に伴い豪商が台頭する元禄期(1688-1704年)には、商品の流通網が整い、化粧品が京都や大坂に住む庶民の手に届くようになったといわれています。
江戸美人の条件は何と言っても「白肌」。「色の白きを第一とす。色のしろきは七難かくすと、諺にいえり」と当時の美容書『都風俗化粧伝』にも書かれており、スキンケアとしての洗顔や化粧水が使われるようになりました。

戦後復興期:現代プラセンタ医療の始まり
日本におけるプラセンタの医療利用が本格化したのは、戦後の混乱期でした。日本では、京大医学部の三林隆吉が、1943年に国家命令で高度栄養剤を開発し、1945年にはこのヒト胎盤を使った栄養剤について海軍が武田薬品工業に製造を依頼したところで終戦が訪れ製造中止したが、これは1955年には経口の栄養剤ビタエックスとして発売され一般医薬品となりました。
戦中戦後は貴重な栄養源として、プラセンタ製剤「ビタエックス」が話題を呼びました。終戦前後の食料事情が悪い時、乳幼児と母体の保健を心配し文部省の呼び掛けに応じて開発に着手し、霊妙不可思議の作用を営む胎盤に着目した結果でした。
同時期に、1950年に組織療法を研究していた医師たちが集まって「組織療法研究所」を設立。プラセンタエキスの注射液の開発にともない1950年に「メルスモン製薬株式会社」に発展させ、厚生省(現厚生労働省)から医薬品の認可も得て更年期障害と乳汁分泌不全の注射薬「メルスモン」の製造販売を始めます。

現代への発展:美容文化との融合
1956年には注射薬のメルスモン、1959年にラエンネックの承認を得ました。これらの医薬品は現在でも医療現場で使用されており、プラセンタ注射を受けた方は、献血ができなくなりますのでご注意くださいという注意事項はありますが、多くの方に利用されています。
医薬品として歴史の長いプラセンタですが、「若返りの媚薬」として日本で注目され始めたのは、1990年代になってからです。現在では、プラセンタを配合した美容ドリンクやサプリメント、化粧品などが近年続々と登場しています。
現代の栄養補給として、プラセンタ製品は毎日の健康的な生活をサポートする成分として注目されています。しかし、常に覚えておきたいのは、これらの製品は食品であり、医薬品ではないということです。毎日のバランスの良い食事を基本に、栄養補給の一環として取り入れることが大切です。
【ここに現代のプラセンタ製品や健康的なライフスタイルを表すイメージ画像を挿入】
伝統と革新が織りなす美容文化
日本の美容文化は、古代から現代まで一貫して「内面からの美しさ」を大切にしてきました。江戸時代の糠袋による洗顔や、ヘチマ化粧水などの自然素材を使ったスキンケアから、現代のプラセンタを配合した栄養補給まで、その根底にあるのは「体の内側から健康的に美しくありたい」という願いです。
プラセンタという成分を通じて見えてくるのは、時代は変わっても変わらない、女性たちの美への探究心と、それを支える知恵の継承です。現代でも私たちは先人たちの知恵を受け継ぎながら、科学的な研究と安全性を重視した製品開発により、より良い健康サポートを追求し続けています。

まとめ
プラセンタの歴史を振り返ると、古代ギリシアや中国での薬用利用から、江戸時代の日本の美容文化、戦後の医薬品開発、そして現代の栄養補給まで、長い歴史の中で人々の健康と美容をサポートしてきたことがわかります。
現代では、このような歴史ある成分を、科学的な研究に基づいて安全に製品化し、毎日の栄養補給として手軽に取り入れることができるようになりました。江戸時代の女性たちが自然の恵みを活かして美しさを追求したように、私たちも現代の知識と技術を活かして、健康的で美しい毎日を送ることができるのです。
美容と健康への意識が高まる現代だからこそ、このような歴史ある成分の恵みを、適切な知識とともに生活に取り入れていきたいものですね。
